2012-06-16

ARE YOU EXPERIENCED? / QUAD ESL57



梅雨になると思い出すものがある。
好きで好きで手に入れたけど、どうしてもうまく使いこなせなかったあれ。

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強く張った二枚の薄いラップのような膜に
高電圧をかけて振動させて音を出す特殊な仕組みのこのスピーカーは、
湿度が高いと膜どうしが接触して壊れやすいらしく、
梅雨の間はエアコンの除湿を常にかけていた。


僕は好きになったものは骨の髄までしゃぶり尽くしてやろうと思っている。

そのたたずまいの良さ、
スピーカーとは思えないデザインの斬新さに惚れ込んで
音も聴かずに手に入れた英国QUAD ESL 57。(1957年のデザイン)

かのチャールズ・イームズもSTEPHENS社になかなかのスピーカーを残したけど
これほど美しいスピーカーは他には無いと思う。
その美しさに入れ込んでいた僕はフロントパネルを新品に張り替え、
サイドのフレームも家具屋でレストアし、
そのエレガントな脚も新品に取り替えた。
(もちろんオリジナルは保管しておいた。)

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眺めているだけでも満足だった。はじめのうちは。

イギリスのBBCがモニタースピーカーとして使っていた由緒ある名機。

でも僕の部屋ではさえない音でしか鳴らなかった。
いや、ただ鳴らせなかっただけかもしれない。

QUAD44と405の純正セットで出て来た音は、
隣の部屋から聞こえてくるラジオのような音。
メリハリのないBGMというべきか...。
音楽聴いていてもなんだかのれないし心が踊らない。


ESLには電源が重要だと聞いては,
200Vオーディオ専用電源をことのついでに引いてみた。
球のアンプじゃなきゃいい音で鳴らないないよと言われては、
真空管のアンプをつなげてみた。
奇才アンプデザイナー、マーク・レヴィンソンが
ESLを中域だけにつかっていたと知っては
ツィーターとサブウーファーの導入を検討してみたり...。

ESLは部屋の真ん中に置いて後方から出る低域を
自由にさせてやるのが本来の使い方と知り、
家族が留守のときに部屋の真ん中に置いてみた。
いい音になるポイントを探して少しずつ椅子を近づけていくうち
ESLは巨大なヘッドフォンのように僕に近接していた...。

ふと我に返った。
なにやってんだろう...。
まるで惚れた女の子に振り回されるさえない十代の少年の恋愛のようだった。


気づけば音楽を聴かずに、
いい音を出す工夫の日々。
しらずしらずのうちにそこそこに鳴ってくれる
BOSANOVAやFOLKばかりを聴くように。
つまりは低音の入ってない音楽ばかりで、
僕の音楽を聴く楽しみは半減していた。

ヤーメタ!
僕は音楽を聴きたいんだ。
時にはディストーションの効いたジミ・ヘンドリックスのギターを、
レッド・ゼッペリンのジョン・ボーナムのドラムスの重低音を
爆音で浴びるように聴きたいんだ。
降り注ぐ音楽で心を振るわせたいんだ。

一目惚れから覚醒した僕の部屋には、
音楽を聴くことを単純にたのしむために四角いJBLのスピーカーがある。


でもときどきESL57のことを思い出す。
きょうのような雨の日に。
甘酸っぱい初恋のように。


ロータスカリフォルニア たなかひろし